【ASD子育ての現実】世界が変わった日:車道に飛び出した次男と診断への道のり
長男(LD)の記事に続いて、今回は次男(5歳、自閉症スペクトラム・ASD)についてお話しします。
次男の特性は、彼が産まれた時から薄々感じていました。彼が持つ「こだわり」は、私たちが感じる「普通の育児」の範疇を大きく超えていたからです。
- コップやお皿は、テーブルの「際」にピタリと並んでいないと気が済まない。
- 車に乗るのは良いが、ベルトで体を固定されることをとにかく嫌がり、自力で抜け出す。
- 産まれた時からあまり寝ない子でしたが、1歳を過ぎてからは完全に昼夜逆転。
- お気に入りの動画(アニメ)は、朝まで繰り返し見続けなければ納得しない。
- お気に入りの歌があれば、エンドレスで聞き続け、朝まで一人で踊り続ける。
これらは彼にとっての崩せないルールなのだと頭では理解していても、「これはただの個性ではない、発達障害があるのだろう」と感じていました。
しかし、当時の奥さんは「他人の世話にはなりたくない」という思いが強く、地域の相談員や専門医に相談することはできず…私もまた、昼間は仕事、夜は寝ない子どもの世話で常に睡眠不足。奥さんを説得する気力もなく、言われるがまま家族だけで問題を抱え込んでいました。
突如、目の前が真っ暗になった「交通事故」
その日常が、ある日一瞬で崩れ去りました。
家族を車に乗せているときのことです。すでに車内に乗せていた次男(当時2歳)が、車の窓を開け、そこから脱出。そのまま大通りに向かって走り出しました。
私は当時、0歳の次女を抱えていたため、気づいてすぐに追いかけましたが、全速力で追いかけることができず、あと数歩というところで追いつけませんでした。
「これは死んだ」という言葉が頭をよぎった瞬間、次男は目の前を走ってきた車にはねられました。
「奇跡の頭突き」と、パニックの妻
車に接触したはずなのに、私は意外にも冷静でした。
「はねられたにしては、彼はゆっくり回転しながら、上手に頭を打たないように倒れたぞ。あれ、意外と大丈夫そうに見える」
次男はびっくりしていましたが、すぐにまた立ち上がって走り出そうとしていました(どうも行動を制限されたのが嫌だったのか、とにかく走りたかったのだと思います)。しかし、車に接触しているのは事実です。私はすぐに救急車を呼び、次男を診てもらう準備をしました。
直後に状況に気づき、慌てて駆け寄ってきた奥さんは、パニック状態で子どもの名前を叫んでいました。
私は逆にさらに冷静になり、奥さんをなだめながら、子どもに付き添って救急車に乗るよう指示。私は接触した車の運転手と、現場にやってきた警察との対応に当たりました。
まさに奇跡でした。直前で車の運転手が気づき、ハンドルを切ってくれたことで、次男は正面衝突を避け、通り過ぎる車の側面に頭突きするような形で接触したのです。
結果、頭突きした部分の擦過傷(軽い火傷のような傷)だけで、他は無傷でした。
「自分たちだけでは無理だ」と、妻が変わった瞬間
この命懸けの出来事が、奥さんの心を動かしました。
奥さんはこの事故を通して、「これ以上、私たち夫婦だけの判断で子どもの特性を無視し、リスクを負わせるわけにはいかない」「私たちだけではもう面倒見切れない」と考え直してくれたのです。
この事故がきっかけとなり、私たちは地域の相談員に連絡。専門医への紹介を受け、改めて次男も発達障害、自閉症という診断を受けました。
あの時、もし次男に大きな怪我があったら、奥さんが自分を責め続けていたかもしれません。しかし、彼の「無傷の頭突き」は、私たち家族に「専門家の助けが必要だ」という重要なメッセージを残してくれたのだと思っています。
診断が下りたことはゴールではありません。しかし、これでようやく私たちは彼の特性を理解し、彼に合ったサポートを具体的に始めることができるようになりました。
次の記事予告
診断後、私たちは次男の「こだわり」と「世界観」を尊重するため、様々な対策を始めました。
次の記事では、次男のASDという特性と向き合うための具体的なサポート、そして私が彼に合わせて考えた「生活ルール」についてなど、詳しくお話しできたらと思います。
彼の個性を伸ばし、家族の笑顔を守るための私たちの挑戦は続きます。
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